教材「1センチの勝負」より③

台湾の呉先生の教材「1センチの勝負」では、日本へ来る台湾人に対して、日本語のみならず日本文化も教えてくれています。ですので、我々がご紹介する台湾人材は、高い評価を頂けているのです。その教材の一部内容をご紹介します。

確かに「終身雇用制」を採用しなくなった日本の企業は少なくない。しかしこのような同僚たちの仕事のこなし方は、依然として自らを企業が一生雇いたいと思う人材、更には会社が重要任務を任せたいと思うほどの人材にさせているのである。

 台湾では、毎年6,7月鳳凰木の花が開く卒業の季節になると、大勢の新入社員が社会へと入っていく。連続して何年も不景気の環境下で、もしかするとある人たちは悲観的にこう思うかもしれない。「ああ卒業イコール失業だ!」と。

 すでに会社員の一人であり、新人たちの先輩にあたる筆者の私は、前の波を押し出していく後ろ波のように先輩たちを淘汰していくであろう後輩の皆さんたちに、会社員としての経験を共有する責任があると自覚しているので、新人たちが早くサラリーマン生活に適応できる助けとなれることを願っている。

 私はまず、これらの「新人」の皆さんに一つの質問をしたい。4会社の出勤時間の規定が9時となっていた場合、もし「8時59分」に会社に到着したとしたら、それは遅刻となるだろうか?

大多数の人から言わせると、9時前に着けばもちろん遅刻とはならないだろう。しかし日本企業の会社員からしてみると、たとえ5分前に到着していたとしても、それはすでに遅刻なのである。これは「仕事を敬う勤労精神」という側面から考えての遅刻なのだ。

 日本にも当然「サラリーマンらしくない」会社員というのはいる。しかし大部分の会社員の勤勉さは、外国人の想像をはるかに超えるものである。

 9時に出勤する前に、当日の専門紙はほとんどの人が読み終わっており、その日に何をすべきかに至っては、おおかた準備は整えてある。頭の中は、最新の情報に基づいて、その日一日の始まりをどのように迎えるかということである。

 職場に関連する資料や、文房具、飲み物などについては、とっくに準備が終わっている。こういった準備作業は、当然5分前に来ていたのでは解決できないし、そういうわけで、給料にも自然とこのような「準備時間」は含まれていない。1

 私が東京で暮らしていた期間、合わせて3つの企業で勤務したことがある。全くの日本企業、日米合資の企業、そしてヨーロッパ銀行(スイス銀行)の3つだが、この3つの会社ともすべてタイムカードを押すという制度が無かったのである。

 私は台湾に戻った後も、自分の会社ではタイムカードの機械を置かないぞと頑固に固く守ってきたのだが、その10年後についに降参してしまった。1年前にタイムカード機を設置したのだ。

 タイムカードを押さない?ある人たちは不思議に思うかもしれない。タイムカードを押さずにどうやって勤務状況が分かるのかと。どのように残業代を計算すればよいのかと。

 大学の卒業前、指導教授が講義の中でこのようにアドバイスしてくださったことがある。

「会社に入った第一年目にもらう給料というのは、大部分は先輩社員たちのおかげによるものが大きく、彼らが勤勉に精を出して働いてきた累積なのだ。先輩社員の地道な積み重ねと、そして今手元に仕事のチャンスがあるということ、またそれでもなお給料がもらえていることすべてに感謝しなさい。」

 日本の会社員たちはまさにこの通りである。新米であればあるほど、それだけ早く会社に着くのだ。自分に対する理想や期待が高ければ高い社員ほど、更にもっと早く会社に到着する。

 日本の会社では、約一時間早く出社するなんてことはごく普通のことである。

新人は何も分からないし何もできない。まだ他の人が出社していない時間を利用して、何とか自分で機器の操作を練習したり、もっと多くの関連資料に目を通したり、前日の事務を復習したりすれば、勤務時間中にもっと効率よく働ける。

 自己要求が高い社員ほど、残業代をもらうことに抵抗を覚えるようになる。

タイムカードを押さないため、退社時間は自分で記録するのだ。残業時間も当然自分で計算して報告することになる。月末になると、上司にチェックしてもらうため報告を提出し、上司が確認した後、人事部へと渡され処理されるのだ。

 しかし、新人が残業をしても残業代をもらおうとしないのは言うまでもないが、たとえ先輩社員であっても、彼らが定刻通りに退社するというのはごくまれだったし、まして残業代を申請するなんていう人はもっと少なかった。1

バブル経済の時代に突入し、夜8時以降退社するというのは、サラリーマンの更なる「正常な日課」となった。「過労死」も、特別大きなニュースではなかった。

 しかし、日本企業は本当に「残業代」を払わないのだろうか?

皆さんのご心配には及ばない。各人の努力の様子は、上司の目にはしっかりと映っているのだ。本当に努力している人に関しては、上司が自ら社員の代わりに残業代を記録しているのだ。私も同僚たちも、何度も同じ経験をしていた。

 日本の職場は、欧米のような「個室」で区切られているという感じではなく、大部分は7つから9つほどの仕事机が、二つごとにくっつけて置かれている。直属上司の机はそれらの机の突き当たりにあり、面積は部下の机の2倍といったところであろうか。

 互いの距離が近いため、世話するのも容易であるし、電話応対、事務処理、理想的でないところ等等、すべて近くで容易に指導が施せるのだ。

 残業代を自発的にもらおうとしない社員に関しては、彼らは通常このように感じている。

「自分に仕事能力がもっとあれば、残業をする必要もないし、きっとその日のうちに処理し終えたはずだ。能力不足で、さらに会社の電気代や空調代も浪費している以上、残業代を報告してもらおうなんてまさか。」1

 皆さんは試したことがありますか。早めに職場に着いた時がどれだけ気持ちのいいものかどうか。

 もし自分がオフィスに一番乗りで到着したら、その日一日必要な電気をつけ、ついでに辺りを一巡して、同僚のデスクに置いてあるものを観察し、ホワイトボード上の各種スケジュールやメモを確認し、窓の外の青い空を眺め・・・と、さながらそのフロアの総管理者になった気持ちである。

 しかし、このような機会は通常めったに無かった。なぜかと言うといつも何時に来ているのか分からないが、課長がとっくに着いていたからである。すでに、資料棚のところで、資料を探しているのである。

 実際、一般の日本企業は勤務時間の5分、10分前に簡単な「朝礼」というものがある。さながら学生時代の「朝会」のような感じであろうか。

 朝礼の時間になると、皆が直属上司のデスク付近に集まり、同僚たちのその日の精神状態や、服装、容姿をチェックしあう。発言の順番に当たっていた社員は、仕事から最近体得したことや感想など、また互いに励ましあえる言葉などを述べるのである。1

もし特別な事項があって連絡が必要な時は、その時に伝え、合わせて皆の注意も喚起する。最後にお互いに「今日もよろしく!」と言い合って、その日一日の仕事が始まるのである。

 朝礼はほんの短い数分に過ぎないが、皆の心を一つにし、一致団結して働くことができる。ある企業などは、「社訓」というものも設けている。日々会社の存在意義などを社員たちに諭しているのである。

 現在、足掛け18年という年月が過ぎたが、毎回東京に行く機会があると、昔共に働いた会社の同僚たちを訪問する。自分に対する要求を高く持ち、損得勘定など考えていない同僚たちほど、実際の能力もそれと比例して良いものだという気持ちが私の中でますます強まっている。このサラリーマンという「超長距離マラソンレース」において、頭角を現しているのは、当時、仕事に集中し、残業代などをさほど計算していない同僚たちである。

 彼らは現在、少なくとも次長以上には昇進しており、日本社会のそういった職位の人たちに対する礼遇や信頼というのは、当時のわずかな残業代では換算できるものではないだ。

 今当時のことを思い返してみると、これらの同僚たちは、ここが自分の生涯才能を発揮できる会社であり、また一生家計を支えていくことのできる場所であるということをとっくに分かっていたような気がする。1

確かに「終身雇用制」を採用しなくなった日本の企業は少なくない。しかしこのような同僚たちの物事への取り組み方は、依然として自らを企業が一生雇いたいと思う人材、更には会社が重要任務を任せたいと思うほどの人材にさせているのである。

 我々は「一将軍の成功には、兵卒一万の犠牲者が要る(一将功成、万骨枯れ)」という言葉を信じている。しかしこれは、「和式」日本企業においての昇進方法ではないのである。

 日本の会社では、課長が次長へと昇進する場合、会社のために、自らの課長職を代わりに果たしていける後継者として少なくとも3人を養成できなければならない。

 次長が部長に昇進する際も同じで、自分の代わりに以後次長職を果たせる3人を会社のために育て上げて、初めて昇進の機会がある。

 こういった成文化されていない慣例があるので、一番よい昇進への近道は、全力を尽くして、後輩たちを指導することなのである。

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